福島地方裁判所 昭和46年(ワ)339号 判決 1974年3月25日
原告 梅宮正 外一名
被告 大成建設株式会社 外一名
主文
原告らの請求は、いずれも棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 請求原因一(当事者の関係)および二(事故の発生)の事実は、被告新興工業の下請工事の範囲を除いて、当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない甲第一号証、公文書であるから真正に成立したと推定すべき甲第六ないし第八号証、証人横山弘の証言を総合すると、被告新興工業は、被告大成建設から本件日本ビル建築に関して、山留用鋼材・鉄骨の組立等の作業を請負つていたが、右下請工事とは無関係に、技術研修のため自己の従業員を同被告会社に派遣していたもので(照輝もその一員である。)、派遣従業員は、賃金を被告新興工業から支給される点を除き、被告大成建設の従業員と全く同一の労働条件で就労していたこと、および照輝がどのようにして本件「九号駄目穴」(その構造等は後に認定のとおり)に墜落したのか、その具体的状況については目撃者もなく明らかでないことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二(一) 以上の事実によると、照輝は、被告大成建設に派遣後も、被告新興工業の従業員としての身分を維持し、同被告から賃金を支給されながら、被告大成建設において、その従業員の指揮命令に従つて同被告の労務に服していたいわゆる出向社員であり、出向元である被告新興工業および出向先である被告大成建設と照輝との間には、いわゆる使用従属の労働関係を発生せしめる契約という意味での労働契約が二重に成立していたものと認められる。
ところで、労働契約上の使用者が労働者に対して負う義務は、労働者の労務の提供に対する対価の支払(本件において、右対価の支払義務は、前叙のように出向元たる使用者が負担することになつている。)に止まらず、労務の提供に際し労働者の身体・生命に生ずる危険から労働者を保護すべき義務も含まれ、そのために必要な職場環境の安全を図らなくてはならず、この義務を安全保証義務と称することができる。そして、本件のような移籍を伴わない出向労働者に対する安全保証義務は、まず、労働に関する指揮命令権の現実の帰属者たる出向先の使用者においてこれを負担すべきものであるが、身分上の雇傭主たる出向元の使用者も、当然にこれを免れるものではなく、当該労働者の経験・技能等の素質に応じ出向先との出向契約を介して労働環境の安全に配慮すべき義務を負うと解するのが相当である。
(二) そこで、本件作業現場における右安全保証義務の具体的内容について検討するに、前掲の各証拠および弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第四号証、本件駄目穴の地下二階部分を撮影した写真であることにつき争いのない乙第一号証、証人横山弘の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証の一、二を総合すると、照輝は、事故当日、地下二階立上り部分のうち「ホの二工区」と称される部分でコンクリート打設作業に従事していたのであるが、同工区内にあつた九号駄目穴は、鉄パイプで組立てられ、水平切口がほぼ東西に二メートル・ほぼ南北に一・三メートルの長方形で、地下五階から地下一階まで一七メートル余(地下二階床までは一三・七メートル)を突き抜ける資材揚卸口であり、従業員がその開口部から墜落する危険があると認められるから、右工事を施工していた被告大成建設としては、従業員がみだりに駄目穴に接近することを防止し、かつ駄目穴ないしその付近で作業する従業員が、これに墜落しないように囲を設けるなど安全施設を施すべき義務、および従業員に対し、みだりに駄目穴に接近せず、また駄目穴ないしその付近で作業する必要があるときは、墜落防止のため安全な方法で作業するように指導するなどの安全教育を施す義務があると解するのが相当である(労基法第四二条・第四三条・第五〇条、労働安全衛生規則第一一一条等参照。被告大成建設が、右墜落防止義務および安全教育義務を負うことについては、原告らと同被告との間において争いがない。)。
(三) ところで前記採用の各証拠を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。
本件九号駄目穴は、南側を除く三方が金網(養生網と称されているもの。但し、地下五階部分は板)で覆われ、南側が開口部となつており、その地下二階部分においては、床面から二〇ないし三〇センチメートルおよび九〇センチメートルの各位置に鉄パイプの手すりが設けられ、地下四階部分には、物体の落下または飛来による危険を防止するため駄目穴を水平に塞ぐことのできる開閉式防網があつた。右南側開口部付近には、各階毎に見やすい位置に「立入禁止」の標示があり、本件駄目穴による資材の揚卸作業は、玉かけの技能をもつ作業員が、命網で体を支え、ウインチを用いて行い、右開口部で積降ろしすることになつていた。本件工事現場には、同種の駄目穴が合計一二か所にあつたほか、人の昇降用階段が五か所にあつた。
また、本件事故当時、現場の安全管理者は、被告大成建設の従業員・横山弘であり、同所における従業員に対する安全教育は、新しく現場に配属された者について、まず現場の状況をのみこませ、危険箇所の所在および安全施設・安全計画を具体的に教え、当初三日ないし四日間は一人歩きさせず、現場に慣れた者と行動を共にさせるほか、毎日行なう作業打合せの際、その都度予想される作業上の危険と一般的危険につき注意を与え、駄目穴については、特に資材揚卸作業に従事する者以外これに近づかないように注意していた。照輝も以上のような安全教育を受けていた。
(四) 右認定の事実によると、被告大成建設は、本件駄目穴につき墜落防止に必要な安全施設を施し、かつ、照輝に対する安全教育も施したというべきであつて、同人に対する労働契約上の安全保証義務の不履行は存しないというべきである。
もつとも証人横山弘の証言によると、本件事故の二、三日前に駄目穴作業に従事した被告大成建設の従業員が、本件駄目穴の地下四階部分に設けられていた前記開閉式防網を作業後閉鎖せずに開放していたことが認められ、右防網が閉鎖されていたなら、照輝の被害の程度も減少していたであろうと推測できるけれども、右防網は、元来、資材揚卸作業中などに物体が落下または飛来することにより、その下で作業に従事している労働者などに及ぶ危険を防止するためのものであつて(労働安全衛生規則第一二二条参照)、駄目穴への墜落を防止するためのものではないから、右事実があるからといつて、駄目穴作業に従事していたのではない照輝に対して、被告大成建設が安全保証義務を怠つたものということはできない。
(五) 以上のとおり、被告大成建設としては、本件作業現場における照輝に対する安全保証義務を履行したものというべく、そうとすれば、先に説示の出向元たる被告新興工業の安全保証義務も、その態様からみて、特段の事情がない限り履行されたものというべきところ、前叙のとおり照輝の墜落状況が明らかでなく右特段の事情を窺うに足る立証はないから、被告新興工業についても、安全保証義務の不履行は存しないものといわなければならない。
三 結論<省略>
(裁判官 佐藤邦夫 岩井康倶 久保内卓亜)